障害に生きてて関わることになった人の生の声を紹介

タノシイコトサガシ計画では、当事者の気持ちの文章を募集します。あなたの気持ちぶつけてみませんか?テーマはフリーですが特定の個人名をあげて人を傷つけることは禁止です。ひとり障害者がいれば一つ壮大なドラマがある。今こそ言うべき時代がきたのだ。
yamakko31@yahoo.co.jp まで、どしどし送って下さい。今すぐ変わらなくても未来の子供たち が変わるかもしれないじゃないですか(*⌒▽⌒*)

思いって発信して書くもの。

家族も支援者も悩んでいるならまたそれは病ですよ。

悩みは抱えるものでない、伝えなきゃ、自分の悩みは自分だけで解決しろって人もいますが、そう言う人で解決してる人を知らない。

松浦衣吹さんに講演原稿を読んでもらった感想

遅くなりましたが、講演原稿読ませて頂きました。
「リカバリー」イコール「どう生きるか」ってことが全面に出て伝わる内容だと思いました。
文章の構成については、盛りだくさんな内容がコンパクトにまとめられている印象です。読み手(聞き手)として、読み進めながらの関心は、自分との共通点を探して自分の事として、共感・吸収したいという感じ方だったので、盛りだくさんの内容は共感点も多くなり、飽きずに最後まで読めました。

多分、聞き手はそれじゃあ具体的に何をすればいいの?現状からどう動けばいいの?ってところが、気になって来ると思います。
この講演は、「リカバリーとは」が演目なので、時間的にもそこまで入れるのは難しいと思うので、「自己肯定」「オープンダイアログ」「クオリティオブライフ」とか、キーワードが資料の最後に載せられても佳いのかも?と思いました。テーマ別の講演を、シリーズで聴けるのが理想ですが。

あとは、原稿読んでの、支援者目線でのホントに個人的な感想ですが、リカバリーの考え方を実行するのを広げるためには、生命活動を維持する面での環境を整える援助を、支援の最低ラインで確保したいなと思いました。
独居で幻聴と戦って買い物に行けない人へ、食事作りのヘルパーさんを入れるとか、長期入院から退院して生活保護で生活する人の、フォローとか・・・、楽しみを持つにはお金がかかるとは決して思いませんが、金銭的不安が大きいと精神的余裕も狭くなるのもあると思うので・・・。そこは、1職種でなくそれこそ福祉、医療、多職種連携ですよね~。

あと、途中で出て来た「共生」というキーワード。デイサービスでも、高齢者、精神疾患、障害児など、分けた支援方法が一般的ですが、その垣根を取っ払って健康な人も引っくるめて集まれる空間「共生型(富山型)デイサービス」というのがあります。その延長にある社会が、共生のモデルかなと思ったりしました。

当事者目線からは、今いる環境で楽しめることに「気づけたら」しめたもんだ、と思います。一度幸福感に気付いたら、あとは模索しながらも進むだけだと思います。私は、ラジオにメールを送るのが凄くリハビリになりました。引きこもり生活の中でもネタ探しに、身の回りに関心が向き、言いたいことを単文にまとめるので頭の体操、読まれれば嬉しい、パーソナリティーさんとの交流。
誰でも、そういうモノがきっと身近にあると思います。

まとまりの無い、感想文になりましたが、強矢さんの講演でリカバリーを知った人が、自分の事として考えてくれるようにと願っています。

タノシイコトサガシ計画の現在の思考

以前の自分をAで病んだ時をB、Aと比較するから辛くなる、新たなCという新しい自分を作る方が、回復に繋がるんですよね。
 
だって以前の自分には戻らないというか、戻る努力をした人間はAにはならず、成長した進化したCという存在ですよね。

その認識のしかたで凄い違いがあります。

以前の「価値観とゆえの感覚」をAとすると。

現在の「失望してる感覚」をBとすると。
 
これから目指すべきは、「本当に幸せを得られる価値観とゆえの感覚」をCと言える。

つまり、価値観の問題なんです。
 
それゆえ、「価値観を変えないと、本当には幸せに満ちて生きることは難しい」ということを知

ることが、 第一となります。

一発で分ってもらう魔法は無いです。

患者が馴れ親しんで認識に滲み込んだ価値観を、おいそれとは、簡単に別の、高次の価値観に移

行・転換は出来ないです。

価値観は、それこそ子どもの頃から時間をかけて形成された心の色ですから、

その色を変えることは容易ではないですが、昔からこう言います。

「大病か死ぬような目に合って器が大きくなった」

人間にはそういうことが起るようです。

価値観が変り感覚が変る現象が起きた人は器が大きくなるってことです。

だが、大病を得た人の全てがそうなるわけじゃなく、

別の価値観に気付く契機と出来た人に起る幸運とも言えます。

疾患サポートの理想形は、

その重大な要因は、この「価値観の改善」にあるのではないか?と思ってます。


疾患を得た事実を、どう受け取るかは患者によって大きく異なると思いますが、

本当に重大なことは、幸福感であり、

その為になんらかの価値観でなにかその価値ゆえの目標を無自覚にもって、

その基準で上昇しようとするのが人間なんですよね。

 

それゆえ、まず、なんのための価値観であるか、

そして、その価値観ゆえに、無自覚に目指している上昇の先に「幸福がある」と思い込んで生き

てるのが人間であることを分らせることが重要でしょうね。
 
治癒するために新たな 人生の充実と希望を手に入れることは必要です。
 
絶望してストレスフルな環境で生活してたら、よくなるわけないので、それにどんな病気だって

重いのにかかれば、元に戻らないし、

それが精神であるがゆえに比較しがちなのは何故なのかな? かなり疑問。
 
以前と比較するから絶望するのがよくわかり、ここを一発でわかってもらう魔法はなく、粘り強

く指導するコーチのようにです。
 
一発でわからせようとするから無理があり、徐々にです。

そもそも、万能薬などないのだから、だから医療も福祉もいるのだから。

 

専門家は、勉強してみて思ったのが、基本は統合失調症なんだなあと感じています。

慢性的な疾患、だから障害と呼び、福祉が存在しているのです。

僕としては、今生きている意志がどう感じて生きているかが大切で、それがハンデがあってもた

のしく感じて生きれたら、そんなに不幸な出来事ですか?
 
いますよ末期ガンでも生き生きしている人、死が間近だとしても。

それと同じ感覚に精神疾患がなれたなら、健常者よりも元気かもしれない。
 
それがタノシイコトサガシ計画の現在の思考。

確かによくなった実行委員長がよくなったからこそ思うこと。

僕が良くなったきっかけは、確かに新薬エビリファイに変えてから改善が見えたんです。

そこから祖母の死と友達二人の死で、自分の中で変わるもんがあったんです。

生きてる以上は何かやってみせろと遺言で。

生き方を変えろとか言っても、確かに治癒できる人は治癒を求めないのは変です。

治癒求めて治らずに慢性化したら生き方の改善を求めるってことなんだと思う。

でもそれは治癒の否定にも見えるかもしれない。

なんでこう錯誤したかというと、精神医学だけでは足りないから、ちょっと話聞いてマニュアルと経験で

薬ばかばかだして、慢性疾患だから一生飲めと。

精神医学では勉強すればするほど治らない神話がはびこっていて、福祉では障害者らしく生きろ

と言われ。

他の病気と同じで病気と考えたいのにこの病気になると障害になるのですよ。

障害に関しては生き方の改善になってくるんです。

もちろん疾患の治癒を求めて治ったらこんないいことないんです。

勉強していくうちに治らない神話に毒されましたね。

僕が言いたいのは治癒を求めると同時進行で生き方の改善を求めていくかなって思います。

治癒は大前提ですよ、良くなった人はこれプラス生き方の改善、そうすりゃ効果アップという

か。
 
 例えば認知行動療法やってくれる日本の精神科医は少ないです。

多くは薬物療法で一生飲み続けろです。

つまり宝くじが当たるぐらいの確率でいい精神科医に出会えること、これも大きく治癒に関して

変えます。

僕は当たりを見つけました。

いい精神科医の条件は、患者の話を聞いて、薬物も精神科医の自己本位で決めず、患者と共同で

意志決定する医者です。

これをシェアード・ディシジョン・メイキングといいます。

多くはマニュアルと経験で薬ドカドカです。

それくらい多剤投薬が多いです。
 
一番薬出すのも先進国で日本、一番入院日数が長いのも日本、一番精神科病院の病床のベット数

も多いの日本。
 

だからこそ何かプラスアルファで、僕はコミュ二ケーションだなって思いました。

コミュニケーション障害で人とのつながりができない人間が自己否定感を産み自己肯定でき

ずに、深みはまり病んで悪化する。

このコミュニケーション能力がうまくいくと、自己肯定感があがり、必要とされ自分の存在が肯

定でき、コミュニケーション障害が生む悪循環を取り除き、0からの新しい自分に生まれ変わり、

新たな自分としてスタートする。

この作業は治癒に必ずいるんです。

だからこそ生まれたのがリカバリーの概念で、単に病気の消失にあらず、希望を持って充実して

生きられること、治せない精神科医の言い訳と言われればそれまでですが、医学プラスこの考え

方をつかんだ人間がよくなってる実績をまざまざと見せつけられたのです。

治癒を求めてないわけでないです、精神医学が足りない以上、こちら側でプラスアルファ考え

ないと、精神科医に受身になってる以上治癒は難しいです。

僕もなんで治らない神話を精神科医が言うか悔しいですよ、それが当たり前になっていて、結構

な重鎮な精神科医がこの世界はファンタジーなんて言うぐらいですし。

お友達の霧さんの思考論を紹介

友人の霧さんの思考論というのを考察するという指令が出たので、5000字で(´Д` )

正直5000字はきついので鬼だあなあなんて思いつつ、考察してみます。

精神疾患には、自己否定感が強く、『負の思想』が根っこにある。

でもそれは症状以上に、生きづらさをもたらしているのは、スティグマによる生きづらさ。

生きづらさがネガティブな思想を生みます。

ネガティブな思想はネガティブと不幸の連鎖を招き、いつまで経っても孤独が癒えず

孤独感に苛まれる、此処が精神疾患の原因の1つではないかという考察がたてられます。

此処の考え方を少しひっくり返すだけで、

ネガティブはポジティブへと変換され、ポジティブな思想に変化すると

それまでの世界が180度変わり、生きやすくなると考えています。

このネガティブをポジティブにひっくり返す方法。

そこが最近キーワードの「コミュニケーションによる認知の変化」

ネガティブな思想は、自分がダメなような認知の思考をもたらします。

ネガティブは、少しずつ、自分で受け入れたり克服したりしながら

上手く付き合って生きていく、でもそれが人間は出来づらい

負の連鎖に陥る人は、この上手く付き合っていくことが苦手です。

殆どが 『ネガティブ』 で止まっちゃう

ネガティブだから悪循環になっているのは判っている。

だからネガティブ思考をしないようにしたいけど

は、っと気づくとネガティブに陥っている。

何かあれば直ぐネガティブになってしまう。

ネガティブをやめようと思うのにネガティブに陥るので

そのネガティブに陥る自分に、

『こんなに頑張ってるのにネガティブから抜け出せない自分は

本当にどうしようもない、駄目だぁ~~』っと、更にネガティブになっちゃったりして、深みに

ハマる。

『ネガティブ』は、脳から出される信号です。

『此処にあなたの壁がありますよ。傷がありますよ。治してください』 という信号。

つまり、ネガティブな発想そのものは、『悪いもの』 ではありません。

これは、人間にとって 『必要』 だから備わっている 『機能』 です。

この場合、ネガティブに陥るのは、ある意味 『仕方がない』 んです。

もう無意識にネガティブになっちゃうし、明るく考えようとしても、

凹むものは凹んでしまうから。

なので、ネガティブはそのままとりあえず、ネガティブっていいです。

あくまでも、『とりあえず』、で。

ポジティブにひっくり返すまでの一時的なネガティブの受け入れをします。

『もうネガティブでいいわ!』と、開き直ってみてください。

因みに、あくまでもこれは、ネガティブから抜け出したい人。

抜け出したくない為の言い訳で使用はしないで下さい。

ネガティブから抜け出すために、1度ネガティブごと、受け入れてしまいます。

この際、開き直れと言いましたが、これはあくまでも自分がネガティブを脱する為の

『受け入れる』 です。

ここで分類
【分類】

【1】 努力しても直せないもの。
【2】 努力すれば直せるかもしれないけど、努力して直したいほどでもないこと。
【3】 努力はしたくないけど、努力してでも直すほうがいいこと。
【4】 がむしゃらに努力する程でもないけど、楽しみながら努力はしたいこと。
【5】 多少無理してでも頑張りたいこと。

このネガティブを
【基盤】

【A】 他人は自分の思い通りにはならない。(自分はこう。相手はこう)
【B】 自分が良いと思うことをする。(見返りは求めない)
【C】 自分に対しても他人に対しても同じである。(自分は良くて他人は駄目にしない)
【D】 自分の心に正直にある。 (自分のありのままを認め、受け入れる)

で、こうポジティブにひっくり返します。

でもネガティブに陥る 『要素そのもの』 が無くなるわけではありません。

変えたのは、自分の 『目線』 だけ。

この目線を変えることにより、

自分が嫌い。
ネガティブの連鎖。
人のせいにする。
恨みと憎しみ。

こういった 『負の念』 が消えます。

ネガティブは、『自問自答』 で 『ひっくり返して』 しまいます。

これだと同じ状況に陥っても、既にひっくり返していますから、

凹む事はありません。

沢山苦労をするということは、それだけ沢山の経験が出来た、と言うことですから。

自分を幸せに導くチャンスを沢山得られたという事。

沢山挫折をすれば、それだけ自分と葛藤する機会に恵まれ、

乗り越えれば、その分沢山成長が出来ると言う事でもあります。

成長をすれば、どんな困難も苦ではなくなります。

在るのは学ぶ・成長する楽しさと、乗り越えた際の喜びだけです。

駄目が多いということは、それだけ沢山成長の余地があるということ。

それだけ沢山、可能性を秘めているということです。

その折角の可能性、落ち込むだけで終わらせたら、勿体無いですよね。

『全ての経験は、活かして始めて意味が生まれる』 

だからすべてのピンチはチャンスなんです。

すべてのネガティブはポジティブにひっくり返せます。

悩む壁を乗り越えるそこに成長があるから。

ってわけでお友達の霧さんの思考論を借りて考えてみました。

認知の変化の理想系ってこんな感じなのかなあ。

霧さんはほぼひとりでこれを持ってたんですが。

ほかの人には容易にできないと思う。

これを簡潔にやるには、人の助けを借りること

僕はやっぱり、人と人の対話。

『コミュニケーションによる認知の変化の活動』だと思うので、今後考察していく所存です。


幼馴染のお姉様Mさんに原稿読んでもらった感想

幼馴染のお姉様Mさんに原稿読んでもらった感想です。なんというか嬉しいもんだなあと思いました。ワンピースは人生の教科書なので使わせていただきます(。・ ω<)ゞてへぺろ♡

原稿、拝読致しました(*^^*)
まず、読後第一の感想は…ド派手にいい気分だぜ!
何と言うか、色んな意味で幸せな気分になりました。本当に。
私自身、大学時代にうつ病を経験しています。
大分後に、精神疾患発症した友達を個人的に通院サポートしたことがあるのですが、当時、
「あなたは、私より苦しんでない」と言われてしまいました。
確かに、それが事実でしょう… 言い方とか伝え方とか、悪かったのだろうとも思います。
彼女に伝えたかったことは、まさに暢一くんが原稿で書いてたこと、「そうそう、そうな
んだよ!」
少しでも、一緒に笑える時間を作りたかった。
病気だって大好きだよ、病気だからこそ幸せを感じてもいいんだよ、これから病む前よ
り幸せになろう…っていうのが、「健常者のキレイゴト」って全否定されたら、返す言葉
がなかった。
暢一くんだから、言えることなんだ。
経験と愛情があるからこそ、響く言葉なんだ。
あなたが言うことに、意味がある。
あなたが「タノシイコトサガシ」を提唱することが、ものすごい価値なんだと思う。
ありがとう。言ってくれて、本当にありがとう。
嬉しかったです。
サポートしていた当時、自分自身が上手く言葉として、感情として、行動としてまとめら
れず悶々としていた部分を、こうしてハッキリと形にしてみせてもらって、救われた気分
です。
そこに留まらず、これからの活動として広げて行こうという姿勢に、本当に感動しました。
何かね、世の中に「健常者病」がある気がするのですよ。
病気の人を、障がい者を、健常者より下だと思ったり、差別化したりする病気。
ただ、厄介なことに、健常者なら誰でも患う病気でもなければ、障がい者でも患ってる人
がいるんじゃないかな〜とも思う。
「〜よりマシ」って自分を慰めたり、逆に自分を貶めたりするの。
心を病んだ時に「元に戻りたい」ってトコに固執して前に進めないのも、この病気がジャ
マしてるから…と、自分の闘病経験から感じています。
人間らしい生き方ができることと、健常者であることって、全然関係ないのに。
まぁ、何でもかんでも病気にすんなって話なんだけど、暢一くんの「忘れられない三つの
言葉」が、私には病的に映るのです。
そんな無神経なコト言える輩は、傷つく心を持ってる暢一くんより、よっぽど病気だろ
…って。
べてるの家の「治りませんように」って言う人の気持ち、わかるよ…痛みを知らない健常
者なんぞになるくらいなら、痛みを分かち合える障がい者でありたいと思うよ、それが人
間らしさじゃないんだろうか。
タノシイコトサガシの「障がい者、健常者、支援者、そんなの抜きにした、ひとりの人間
としてこの世知辛い世の中を楽しく生きる方法」って、ホントに「そうそうそう!」でし
た、私にとっては。
言い換えれば、「健常者病」への処方箋。
自分だけが楽しい、幸せになりたいって虚しさに気づけたら、それだけで凄く幸せな筈
なんだよね、本当に。
そして自然に、誰かに優しくなれる。
そういう世の中にする為に、まずはそういう自分になりたい。
今生きている自分を存分に楽しみ、同時に分かち合っていきたいです。
楽しんでる人たちには、自然と道が開けたりもするモンなんですよね。
脱原発活動してて、強く感じるようになりました。
私の所属してるグループは、如何に楽しく活動するかを大事にしてるんで、結構気づいた
ら良い流れになってたことも多々あります。
まだゴールは見えない…むしろ結構無茶苦茶だけど、前進してると実感出来るのから、次
のステップに向かって行けるんですよね。
原稿読ませてもらって、ホント幸せな…前向きな気分になりました。
ありがとう!
−−−−−以下、ONE PIECEトークとなります。掲載はお好みで(笑)−−−−−
話逸れるけど、私はDr.くれはのファンです(^^)v
「ハッピーかい?」=「病を知る者は幸せである」って、ホントだよな〜と。
まぁ…まずはハッピーで長生きを目指します(笑)
それで、ドクトリーヌにとって、ルフィって自分に治せなかった病気を治した「医者」だ
と思うのです。
チョッパーの「病」は、海賊ルフィにしか治せなかった。
その時のドラム1の名医の気持ちは、「感謝」に他ならない…
ドラム出発のシーン、私はそう解釈していて。
あぁいうドクトリーヌの謙虚さ(ツンデレだが)を私は持ちたいし、あぁいう船長に暢一
くんはなりたいんだよね(^^)
ホントに…ONE PIECEって、どんな生き方をするにしても、教科書になりますね。
つい先日、平和について話してる時も例えに出してる人がいたから、改めてすげーなぁ…
と。
それにしても、暢一くんの引用の仕方、お見事です!
原稿読み返しながら、フッと元ネタの場面が甦る感覚が、凄かった!
元祖『ONE PIECE 』と同じく、これからの『タノシイコトサガシ計画』にもワクワク引き
込まれて行きそうです。
この計画がBIG WAVEになると信じております!
☆船長の幼馴染みより☆

北斗晶より怖い鬼嫁を持つというKさんの体験談

タノシイコトサガシ計画実行委員長としていうか、Kさんがあまりにも病んでいたので僕なりのアプローチしてみました。読ませていただいて元気につながってよかったです。基本自分の意見を述べるのではありません、人を導くのでもありません。支援とは、気持ちを吐き出させて、自らが希望する生活へつながるきっかけを作るんです。傾聴って大事なんですよ、改めて感じました。

 

ある日の出来事(平成24年8月21日の夜間)で家族サービスのため、一泊二日で、軽井沢への家族旅行の帰宅した夜のことであった。

夜、夕食を終え突然呼吸音と動悸が強く有り。当番医(00市立病院)受診した。

その際のDrからの診断名は、特に言われず「多分疲れや神経からくるものであろう?」といい薬(ワイパックスとマイスリー(不眠時)を処方され帰宅した。

処方された安定剤を服用し始めた頃は、何も不安もなく居られたが、1~2週間すると、また呼吸の他、頭痛。頭重といった、様々な身体的症状も現れ、些細なことが常に頭の中に有り、外出する前電化製品のコンセントを抜き忘れていないか? 玄関の鍵を閉め忘れていないか? 等のことで考え込み、家族と外出しても楽しめず、帰宅後、気にしていたことが、平気と感じると心も穏やかになり、薬の効果もあるように感じた。

そのあと1~2ヶ月間は何も不安を感じなかったが、また新たな出来事が起こり、身体的な症状があらわれ始めた。

それは「人との接し方だった」自分は結婚もしていて妻の家へ婿に行き、生活している中で最初の内は気にしていなかったことが、月日がたつこと事に「長女が生まれ数ヵ月した頃の子守りをしていた時、子供が泣き止まず、あやしていた際の妻の父親が何も言わず、近づき取り上げた」ことや義父の不在時に行った、家族のことが気に入らないのか、口では何も言わず。目で睨んだり、子供を遠ざける言動など多々あった。

その出来事もあり、体調もますます悪くなった、職場の健康診断の結果にて悪いコメントがあると、病院へ受診し、いろいろな検査を行い、検査結果が悪いと病院を変えてみたりもしました。

それでも体調が改善されるのも一時的だった。

薬を服用している間は、何もないが効き目がなくなると、ソワソワし周囲の事が気になり、肩こりや頭重がひどく現れた。

仕事に支障をきたすこともあった、ところがある日ストレスが限界を超え、自分の勤務する強矢さんへの世間話から、自分の今の現状を話していると、自分は、大きなストレスを抱え「心の病」を患っていることを知った。

知らず知らずのうちにどんどん自分を追い込んでいたことを気づかせてもらったそして現在も通院している00病院の心療内科への受診も行い、薬2年がたとうとしています。

でもその当時の自分は通院している病院よりも強矢さんへ相談のしたことの方が、心も和み穏やかになり、平常心を保つことができた。

最初の内は自分でも気づかず、涙目で一方的に話、自分の被害妄想的なことを言っているだけであった。

だが強矢さんは、毎日同じことで愚痴をこぼしても真面目に聞き入れてもらった。

だが相談できる相手は強矢さんの他、職場の先輩のHさんの二人だけであった。

妻へ相談しても「又、その話は何回も聞いた」と言われて突き放す言動ばかりで、口喧嘩が耐えなかった。

親へは心配事をかけたくないという思いからで、何も相談はできなかった。

そして年月が経つにつれ、不安な出来事や苛立ちも消え始めたのか「愚痴から世間話」へ変えられるようになったことを気づいたり、テレビも体調を崩してからは、全然面白いとも思わなかったのが、笑えるようになり、環境を変え今の自分を変えなければと、妻と相談し現在の平成25年に家を購入し、いままで住んでいた家から離れて新生活を家族4人(妻と子供2人と自分)で始めた。

引っ越した先の町内の方にも恵まれ、体調は徐々に良くなって行った。

だが肩こりと頭重感は今も消えず残っており、医者の周囲の方への相談を混じえ、常に真面目に取り込んでいこうと思う現在では2年前のできごとが懐かしく感じることもある。

なので自分の心を強くするためには「自分を信じられるか?信じられないか?」と「周囲の人たちをもっとよく見渡し、考える」ということが心の病を治すカギではないかと思います。

そして家族のために早く病院受診(心療内科)を辞められるように努力していきたいと思います。

タノシイコトサガシ計画メッセンジャー マイコさんの感想文

実行委員長の一言、タノシイコトサガシ計画メッセンジャー、マイコさんに頂いた、講演の原稿を読んでもらった感想文です。

 

原稿ありがとうございました! 

強矢さんが回復されたのって、一歩一歩だったんだなーと読んでて改めて思いました。
いきなり回復目指す、ってやっぱり不可能で。それは危険なんだな、と知りました。

強矢さんは努力や意地、友達や愛する人との約束を守る誠実さ、でリカバリーされたんだな、と原稿から感じました。
15年間、血のにじむような努力をされたんだ、と感じました。
魂が震えます。

医療機関に断られたり、ハローワークのくだりも悔しかっただろうな、と憤りを感じました。
でも強矢さんは心折れず諦めなかったんですね。
凄い強さ!

特に仕事の事は当たり前のことを当たり前にやる、というのが響きました。
障がいという言葉に甘えてないな、って。それが職業的にも成功された強矢さんの意地あってなんだな、と感じました。
信頼を得るって大変なことだけど、それが仕事する、ってことなんだな、と。

私も医師に言われました。
どんな形であれ生きていればいい、将来入院や生活保護を受給すれば、などなど。
今もそれはあまり変わってない状況。 模索してます。

仕事を求めるために当たり前の努力をしなくては、とあらためて思いました。
すぐやめる、続かない、これは現実多くの当事者がそうだと思います。
やっぱり精神は…、と思われる大きな原因、と聞きます。
私にも言えることです。
でも当事者も意地を見せないと、と思いました。
未来の精神障がい者雇用のためにも。

原稿だけではなく、リアルで生の声でこの講演聞いてみたくなりました…!
きっともっとパワーがあるはず、と思いました!
病院や、就労支援事業所などでお話されたら、今リカバリーを目指されて闘ってる皆さん、勇気と元気、もらえると思いますよ~!

「ゆうゆう」にも出られてる、とのことですが、
同じくメンタルヘルスマガジンの「こころの元気プラス」とかにも強矢さんのお話載せたりしたらどうかな?と思いました!
夫婦で表紙になっていただきたい!(*'▽'*)

Facebookでお友達にKさんをお見かけしましたが、あの方もこころの元気プラスで表紙飾られてましたよね(^^)
ハートネットTVにも出演されていたり!
強矢さんのご出演の日も、遠くないかも!?笑
(facebookの強矢さんのお友達に、WRAPの Nさんもいた…!
地元の生活支援センターの講座にきてくださった。
ちょう素敵ですよねキャラが。笑)

強矢さんの原稿を読んで、リカバリーには友達とか愛する人、恩師、仲間って大事だなーと改めて思いました!
私もAさん(障害者運動家)って理解者、応援してくださる人がいなければ、絶望の中に独りでうずくまっていました。
彼のおかげで、素敵な当事者の方々やべてるの家の考えに出会えました。
一人でできないからみんなで助け合ってやるんだよーAさんにも言われました。

孤立してる当事者が多い現実なので、この企画でつながって希望を見出したいですね!

病気があっても、それは一部で、人それぞれの持ち味がある、それを出し合えたら精神福祉、もっと変わりますね!
元気が出ますね!

マイコ